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値崩れ30年の正体は、誰も値段をつけられなかったことだった

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「安さ」は、誰が負担しているのか

値段を見る前から、怖くなった。

スーパーの夕方、半額シールを探している自分がいる。

おかしいとは思わない。

賢い買い物だ、と思っている。

でも、少し立ち止まると気づく。

誰かが、その半額を作っている。

玄関を開けると、汗だくの配達員がいる。

「お荷物です」

一言だけ言って、去っていく。

送料は無料だ。

タダで、人が運んできた。

誰もおかしいとは思わない。

ここで、一つの数字を置いておきたい。

関西から関東へ、140サイズ20キロの荷物を運ぶ。

正規運賃は、2300円だ。

実際の契約は、680円。

差額は1620円。

定価の約7割引で走っている。

ある管理職が200円の値上げを申し出て、渋られ、100円に下げて再交渉した。

100円の値上げが通った。

「成功した」と、誇らしげだった。

私はその話を聞いて、しばらく黙っていた。

数字を並べ直した。

2300円が正規だ。

680円で契約している。

そこに100円足して、780円になった。

正規の3分の1だ。

一体、何が「成功」なのか。

値段のつけ方を、誰も教えてくれなかった

18歳の頃の話をしよう。

鉄工所に丁稚奉公していた。

ある日、鉄のフランジを手に持っていた。

穴が8つ、空いていた。

おやっさんが、ただ一言言った。

「この穴、一つ100円や」

私は、手に持っていた缶コーヒーを見つめた。

同じ値段だ。

鉄を削って、精度を出して、8つの穴を空けた仕事が、缶コーヒー1本と同じ値段だ。

その時、身体の中で何かが止まった。

これは、働いても豊かにならない

言葉にはならなかったが、そういう感覚だった。

その感覚を、会社員として生きる中で、ゆっくりと飲み込んでいった。

空気を読め。

余計なことを言うな。

まず数字を達成しろ。

正しい向上心が、静かに壊れていく。

ギラギラした欲望が、どこかへ消えていく。

代わりに育つのは、「どうすれば楽に見えるか」という、小さな処世術だ。

学校が教えない「売上と利益の違い」

学校で習ったことを、思い出す。

国語、数学、理科、社会、英語。道徳も体育も習った。

でも「値段のつけ方」は、習わなかった。

「交渉の仕方」も、「利益とは何か」も、習わなかった。

18年間学校に通って、社会に出た瞬間、一番必要なものが、手元にない。

会社員として生きると、数字を与えられる。

それを達成することを、訓練される。

与えられた数字を達成する。

評価される。

次の数字を与えられる。

このサイクルが、30年続く。

一度も、自分で値段をつけたことがない。

だから判断の基準が育たない。

基準がないから、情緒で動く。

大手という言葉に、尻込みする。

断ったら切られると、思い込む。

100円の値上げを、成功と呼ぶ。

悪意はない。

怠慢でもない。

ただ、基準を持つ機会が、なかった。

論語にこんな言葉がある。

君子は義に喩り、小人は利に喩る。

君子は道義で判断し、小人は利益で判断する。

この言葉が、どこかで歪んで伝わったのかもしれない。

利益を語ることは、小人のすることだ、と。

利益を語ることが、下品に見えた。

でも、利益がなければ、給料は上がらない。

設備は老いる。

人は去る。

誠実に、静かに、沈んでいく。

真面目に働くほど、値崩れを支えてしまう構造

真面目な人が、損をしている。

これは感情論ではない。

構造の話だ。

真面目な人は、無理な契約でも走ってしまう。

採算の合わない運賃でも、引き受けてしまう。

限界を超えても、「もう少しだけ」と思ってしまう。

その「もう少し」が積み重なって、値崩れを支えている。

ある管理職は、大手との新規契約を取ってきた。

締め切り時間無制限、破格の運賃。

売上の数字は伸びた。

現場の残業が伸びた。

労務費が膨らんだ。

経理が言った。

「赤字です」

仕事をして、赤字になった。

その管理職は、部下に言い続けた。

「売上目標に達していない。もっと頑張れ」

足を引っ張っていたのが、自分の取ってきた契約だとは、言わなかった。

長時間働いている人が、頑張っているように見える。

早く帰る人が、サボっているように見える。

でも、長時間働かなければ回らない現場は、値段が間違っているだけかもしれない。

適正な運賃を取れていれば、人を増やせる。人が増えれば、一人あたりの時間は減る。

長時間労働は美徳ではない。

値崩れの症状だ。

誰もそう言わないから、今日も誰かが長く働いている。

日本人は、なぜ利益を嫌うのか

2020年。

コロナ禍で、物流業界が大繁盛した。

需要が急増した。

荷物が溢れた。

利益が出た。

その時、上司が言った。

儲かりすぎたから、値下げする

私は抗議した。

聞いてもらえなかった。

利益が出ることは、どこかで「悪いこと」とされている。

お客様に申し訳ない。

調子に乗ってはいけない。

謙虚でなければならない。

その感覚が、利益を自ら削らせた。

利益は悪ではない。

利益があるから、給料が払える。

設備を更新できる。

人を増やせる。

次の仕事に投資できる。

これは経営の基本だ。

欠けていたのは「お金の教育」だけではない。

正しく稼ぐことを肯定する文化が、欠けていたのだ。

頑張っても報われない仕組みが、すでにあった

その冬、上司がボーナス前にハッパをかけた。

「頑張れば上位を狙える」

みんなは信じた。

頑張った。

確かに上位に食い込んだ。

でも、ボーナスの当日。冷たい空気だけが流れていた。

結果は「保留」。

グループ会社の中で足並みを揃えるというのだ。

従業員全員が、無言になった。

笑い声が消えた。

雑談が消えた。

代わりに、グチとため息が増えた。

「またか」という空気だけが、残った。

老子はこう言った。

知足者富。

足るを知る者が、真の富者だ。

美しい言葉だ。

でも、この言葉がいつの間にか、「今の給料で満足しろ」という意味に使われてこなかったか。

足るを知ることと、正当な対価を求めることは、別の話だ。

実質賃金30年横ばい|消えていく中流層の正体

給料が上がらない。

これは感覚の話ではなく、数字の話だ。

30年間、日本の実質賃金は、ほぼ横ばいだ。

その間に、米の値段は上がった。

コーヒーは一瞬で倍以上になった。

電気代も、ガス代も、上がった。

数字だけを見れば、生活は確実に苦しくなっている。

協力会社が消えていく。

「賃金が合わない」

その一言で、何十年もかけて作ってきた仕事を、畳む。

廃業は、敗北ではない。

正しい判断だ、と私は思う。

でも、廃業した会社の荷物は、また別の誰かに押しつけられる。

その誰かも、やがて同じ判断をする。

地方の運送会社が消えると、荷物が届かなくなる。

店が消える。

人が消える。

街の音が、静かになる。

中流という層が、静かに溶けている。

でも、大きな声では語られない。

日常の中に紛れて、少しずつ、進行していく。

なぜ日本人は理不尽に声を上げないのか

なぜ、怒らないのか。

なぜ、声を上げないのか。

そう問われると、答えに詰まる。

怒りには、二種類ある。

感情の爆発としての怒りと、構造への静かな問いとしての怒りだ。

日本人は、前者を恥とする文化がある。

だから、後者の怒りも、一緒に飲み込んでしまう。

「おかしい」という感覚を、「仕方ない」に変換する。

その変換が、あまりにも速い。

産業医が言うそうだ。

最近、体の故障より、メンタルをやられる患者が増えている、と。

そうだろう、と思う。

最初に壊れるのは、人間のメンタルだ。

身体は、まだ動く。

だから、見えにくい。

感覚が壊れた社会は、次に、人を壊す。

静かなる逆襲とは、何か

叫ぶことではない。

怒鳴ることでもない。

ただ、「これはおかしい」という感覚を、飲み込まないことだ。

孫子はこう言った。

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、
敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。

勝つ軍は、先に勝てる条件を整えてから戦う。

負ける軍は、先に戦ってから、勝ち方を探す。

軸のないまま走り続けてきた。

戦ってから、勝ち方を探してきた。

それが、30年だったのかもしれない。

缶コーヒーと同じ値段の穴を見て、「これは違う」と感じた18歳がいた。

その違和感が、後に独立への原動力になった。

違和感は、資産だ。

飲み込むと、消える。

でも、言葉にすると、残る。

「送料無料」を見た時、「誰が負担しているんだ」と思えるか。

半額シールに集まりながら、「これは、誰かの賃金が削られた結果だ」と、うっすら知っていられるか。

正しい値段を求めることは、強欲ではない。

正しい場所で、正しく稼ぐことは、恥ではない。

答えは、ない。

処方箋も、ない。

ただ、この文章を読んで、何か一つでも「自分の話かもしれない」と感じたなら、

それで十分だ。

その感覚を、飲み込まないでほしい。

社会は、大声では変わらないかもしれない。

でも、一人一人が自分の軸を持ち始めた時、静かに、何かが変わり始める。

それが、静かなる逆襲だと、私は思っている。

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